追悼Paul Davis
昨年のDan Fogelbergに続き、かけがえのない青春を私と共に歩んだアーティストがまた1人、この世を去った。
Paul Davis。享年60歳。
ヒット曲は決して多くないが、どれも心を確実に掴んで離さないものばかりであった。
そんな彼の思い出を、初体験から順に紹介をする。
初めて知ったのは77年に全米Top40に入っていた<I Go Crazy>。Barry Manilowを思わせる哀愁溢れるメロディは、当時中坊だった私の心を一発で掴んでしまったのだが、30位前後をうろちょろしていて、いつチャートから落ちるか気が気でなかった。しかし翌78年にはベスト10に到達。最高位7位を記録したのは意外だった。25週も40位以内にチャートインしていたのだから、これはチャート史に残る大きな記録の1つであった。
この後の<Darlin'>(Beach Boysのカヴァー) はTop40に入らなかったものの、前曲の暗いイメージを払拭する好曲であった。蛇足だがRobbie Dupreeの<Steal Away>と相性抜群なので、DJでも何度か流した記憶がある。
そしてトドメが<Sweet Life>。これは最高位17位を記録したが、チャートの上昇速度はかなりハイペースだったと記憶している。
収録アルバムは『Singer Of Songs.Teller Of Tale』。

彼はBang Recordという所に所属していたのだが、日本との契約が無かったので、大ヒットになったにも関わらず、国内発売されなかったのだ。
その後何とあの『なんとなくクリスタル』に<I Go〜>が使われた事により注目度が高まり、ジャケを変えて待望の国内発売となった。

この出来事は彼の知名度を上げるのに一役買ったのだが、実は『Singer〜』が国内でリリースされるまでに、実に3年半の歳月を費やしている。
この狭間となる1980年に1枚アルバムが出ている。
『Paul Davis(パステル・メッセージ)』だ。

丁度<Do Right>がヒット(最高23位)しており、Christopher CrossやAir Supply、Rupert Holmesあたりが本国同様日本でもブレイクを果たし、AOR人気が定着していた頃であった。そんな背景もあり、彼のブレイクを目指してようやく日本のレコード会社もBangの契約に着手したのだ。
確かオリコンのアルバム・チャート100位以内に入った記憶があるので、そこそこの知名度は獲得した訳である。
そして81年秋から冬にかけて『Cool Night』が大ヒットし、一躍人気者となった。


前作から楽曲の洗練度が高まっているのだが、ここでは格段に飛躍を遂げ、Michael McDonaldあたりの要素を積極的に取り入れて、アルバムを都会的な色彩に染め上げた。これがタイトル・ソング(11位)や<65 Love Affair>(6位)の大ヒットを生む事になった訳だ。
彼のアルバムは全部で7枚。
70年『A Little Bit Of Soap』
72年『Paul Davis』
74年『Ride 'Em Cowboy』
76年『Southern Tracks And Fantasies』
77年『Singer Of Songs Teller Of Tale』
80年『Paul Davis』
81年『Cool Night』




最初のヒットは70年の<A Little Bit Of Soap>。これは79年にNigel Olsonがカヴァーしており、そのアルバムのプロデュースをしていたのがPaulという、ちょっと意外な繋がりを確認する事が出来る。
Top40初めは<Ride'Em Cowboy>で最高23位。後のポップ・カントリー全盛を予見しているような曲調が実に心地よい。
その後76年に<Superstar>が最高35位。でも彼の個性があまり生かされていないような曲なので、お薦めはしませんが...。

その後は86年の『About Last Night...(きのうの夜は...)』というサントラに、<If We Can Get Through The Night>という新曲が収録されたが、アルバムとしては『Cool Night』が最終作となった。
最後に好きな曲。これは<Cry Just A Little>に尽きますねぇ。
80年の『Paul Davis』収録曲でスマッシュ・ヒットもしているのだが、個人的には彼の残した全楽曲中ダントツのフェイバリットである。長年過ごした恋人同志の別れを歌ったものだが、そのロマンティックな歌詞と泣きのメロディは何度聴いても素晴らしい限りだ。
この曲の歌詞のサビをちょい拝借して、思いを語らせて下さい。
「ほんの少しだけ僕は泣くだろう」
いいえ、貴方が亡くなってみんなが泣いております。
「ほんの少しだけ僕は死ぬだろう」
少しだけではなかったんですね.....
改めてご冥福をお祈りします。
Paul Davis。享年60歳。
ヒット曲は決して多くないが、どれも心を確実に掴んで離さないものばかりであった。
そんな彼の思い出を、初体験から順に紹介をする。
初めて知ったのは77年に全米Top40に入っていた<I Go Crazy>。Barry Manilowを思わせる哀愁溢れるメロディは、当時中坊だった私の心を一発で掴んでしまったのだが、30位前後をうろちょろしていて、いつチャートから落ちるか気が気でなかった。しかし翌78年にはベスト10に到達。最高位7位を記録したのは意外だった。25週も40位以内にチャートインしていたのだから、これはチャート史に残る大きな記録の1つであった。
この後の<Darlin'>(Beach Boysのカヴァー) はTop40に入らなかったものの、前曲の暗いイメージを払拭する好曲であった。蛇足だがRobbie Dupreeの<Steal Away>と相性抜群なので、DJでも何度か流した記憶がある。
そしてトドメが<Sweet Life>。これは最高位17位を記録したが、チャートの上昇速度はかなりハイペースだったと記憶している。
収録アルバムは『Singer Of Songs.Teller Of Tale』。

彼はBang Recordという所に所属していたのだが、日本との契約が無かったので、大ヒットになったにも関わらず、国内発売されなかったのだ。
その後何とあの『なんとなくクリスタル』に<I Go〜>が使われた事により注目度が高まり、ジャケを変えて待望の国内発売となった。

この出来事は彼の知名度を上げるのに一役買ったのだが、実は『Singer〜』が国内でリリースされるまでに、実に3年半の歳月を費やしている。
この狭間となる1980年に1枚アルバムが出ている。
『Paul Davis(パステル・メッセージ)』だ。

丁度<Do Right>がヒット(最高23位)しており、Christopher CrossやAir Supply、Rupert Holmesあたりが本国同様日本でもブレイクを果たし、AOR人気が定着していた頃であった。そんな背景もあり、彼のブレイクを目指してようやく日本のレコード会社もBangの契約に着手したのだ。
確かオリコンのアルバム・チャート100位以内に入った記憶があるので、そこそこの知名度は獲得した訳である。
そして81年秋から冬にかけて『Cool Night』が大ヒットし、一躍人気者となった。


前作から楽曲の洗練度が高まっているのだが、ここでは格段に飛躍を遂げ、Michael McDonaldあたりの要素を積極的に取り入れて、アルバムを都会的な色彩に染め上げた。これがタイトル・ソング(11位)や<65 Love Affair>(6位)の大ヒットを生む事になった訳だ。
彼のアルバムは全部で7枚。
70年『A Little Bit Of Soap』
72年『Paul Davis』
74年『Ride 'Em Cowboy』
76年『Southern Tracks And Fantasies』
77年『Singer Of Songs Teller Of Tale』
80年『Paul Davis』
81年『Cool Night』




最初のヒットは70年の<A Little Bit Of Soap>。これは79年にNigel Olsonがカヴァーしており、そのアルバムのプロデュースをしていたのがPaulという、ちょっと意外な繋がりを確認する事が出来る。
Top40初めは<Ride'Em Cowboy>で最高23位。後のポップ・カントリー全盛を予見しているような曲調が実に心地よい。
その後76年に<Superstar>が最高35位。でも彼の個性があまり生かされていないような曲なので、お薦めはしませんが...。

その後は86年の『About Last Night...(きのうの夜は...)』というサントラに、<If We Can Get Through The Night>という新曲が収録されたが、アルバムとしては『Cool Night』が最終作となった。
最後に好きな曲。これは<Cry Just A Little>に尽きますねぇ。
80年の『Paul Davis』収録曲でスマッシュ・ヒットもしているのだが、個人的には彼の残した全楽曲中ダントツのフェイバリットである。長年過ごした恋人同志の別れを歌ったものだが、そのロマンティックな歌詞と泣きのメロディは何度聴いても素晴らしい限りだ。
この曲の歌詞のサビをちょい拝借して、思いを語らせて下さい。
「ほんの少しだけ僕は泣くだろう」
いいえ、貴方が亡くなってみんなが泣いております。
「ほんの少しだけ僕は死ぬだろう」
少しだけではなかったんですね.....
改めてご冥福をお祈りします。
テーマ : '70年から'80年の洋楽 - ジャンル : 音楽
コメント
Cry Just A Littleといえば。。
No title
>夜鳥氏
確かにそちら方面で有名になりましたな。
真の名曲はいかなる時にも使えるという事で(違うか...)。
確かにそちら方面で有名になりましたな。
真の名曲はいかなる時にも使えるという事で(違うか...)。
リ・ニューアル後、初ですっ!
<Cool Night>よりも<65 Love Affair>の方が、チャート的には上だったのですね。
そう言えば、当時、「ベスト・ヒット・USA」でも結構、流れてましたね。確か...
そう...勿論、<65〜>も存じておりましたので、<I Go Crazy>、<Cool〜>と併せて3曲知っておりました。2曲じゃなかった...(^_^;)
それにしても、ここ20年程は一体、何をされていたのでしょう...かね?
改めて、御冥福を御祈り申し上げたいと思います。
そう言えば、当時、「ベスト・ヒット・USA」でも結構、流れてましたね。確か...
そう...勿論、<65〜>も存じておりましたので、<I Go Crazy>、<Cool〜>と併せて3曲知っておりました。2曲じゃなかった...(^_^;)
それにしても、ここ20年程は一体、何をされていたのでしょう...かね?
改めて、御冥福を御祈り申し上げたいと思います。
No title
>クロさん
どうしても代表曲2曲で語られてしまいますが、<65〜>もかなりのヒットでした。
90年以降はカントリー系のシンガーに曲を書いたりしていたようです。ただ最近は半ば隠居状態だったみたいですね。
どうしても代表曲2曲で語られてしまいますが、<65〜>もかなりのヒットでした。
90年以降はカントリー系のシンガーに曲を書いたりしていたようです。ただ最近は半ば隠居状態だったみたいですね。
No title
Paul Davis 大好きです
Cool Nightは初めて聴いたときに
心がしびれました....
すばらしいアーティストに出会えたことに感謝します
Cool Nightは初めて聴いたときに
心がしびれました....
すばらしいアーティストに出会えたことに感謝します
No title
>Mickyさん
<Cool Night>がお初だったのですね。
彼の書くメロディって本当に素朴で、心を打つものが多いですからね。
『Singer Of Songs〜』『Paul Davis』もいいメロディに溢れている名盤なので、もしアナログが安くあれば是非購入して下さい。
<Cool Night>がお初だったのですね。
彼の書くメロディって本当に素朴で、心を打つものが多いですからね。
『Singer Of Songs〜』『Paul Davis』もいいメロディに溢れている名盤なので、もしアナログが安くあれば是非購入して下さい。
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あの曲が出た当時、原稿を書いた当時、そして現在と
全くブレない(進歩もない?)支障に、
そして数々の名曲を残してくれたPaulに・・・
献杯。